都内を歩いていると、外国人労働者がかなり増えたと感じる。
コンビニ、飲食店、ホテル、配送、介護、建設現場。
以前よりも、外国人が働いている場面を目にすることが多くなった。
もちろん、外国人が増えること自体を問題にしたいわけではない。
ただ、その背景を考えていくと、日本人だけでは現場が回らなくなっている、という現実が見えてくる。
賃金を上げても人が集まらない。
そもそも若い人の数が減っている。
働く人がいないので、海外から来てもらう。
今の日本は、少しずつそういう状態になっているのだと思う。
少子化を解決しないと、根本的には変わらない
人手不足の背景には、当然ながら少子化がある。
子どもが減れば、将来働く人も減る。
当たり前の話だけれど、この流れはすでに何十年も続いている。
しかも厄介なのは、仮に今から出生数が増えたとしても、その子どもたちが働き始めるのは約20年後だということだ。
少子化対策を始めれば、来年から人手不足が解消するわけではない。
今の人手不足に対応しながら、20年後の社会も同時につくらなければならない。
その間を外国人労働者に支えてもらう、という考え方は現実的ではある。
ただし、それだけでは問題を先送りしているだけにも見える。
外国人を受け入れ続ければ、今と同じ社会を維持できるのか。
おそらく、そんなに単純ではない。
人口を増やすことだけを目標にしていいのか
少子化対策というと、出生率を上げることが目標になる。
出産費用を補助する。
児童手当を増やす。
保育料や教育費を下げる。
どれも必要な政策だと思う。
ただ、子どもを持つかどうかは、出産時にもらえる金額だけで決まるものではない。
住宅費が高い。
仕事を休みにくい。
子どもが病気になったときに対応できない。
教育費がどこまで掛かるか分からない。
二人目を育てるためには、もっと広い家が必要になる。
こうした不安が何年も続く。
つまり問題は、出産の一瞬にお金が掛かることではなく、子どもが成長するまでの生活を見通せないことなのだと思う。
数万円の給付金より、子育て中は毎月の家賃が下がる。
高校まではほとんど教育費が掛からない。
子どもが病気になったときに仕事を休める。
そういう制度の方が、子どもを持つことへの不安は減るのではないだろうか。
人口を増やしたいのであれば、子どもを持つことが特別な覚悟を必要とする社会を変えなければならない。
それでも、人口はすぐには増えない
ただし、少子化対策を本気で進めたとしても、人口減少はすぐには止まらない。
すでに子どもを産む世代そのものが減っているからだ。
出生率が上がっても、出生数が増えるとは限らない。
そう考えると、日本が目指すべきなのは、人口をすぐに増加へ転じさせることではないのかもしれない。
まずは、急激に減っていく速度を緩める。
そのうえで、人口が減っても生活が回る社会をつくる。
この二つを同時に進める必要がある。
人口が減るなら、社会も小さくしなければならない
人口が減っているのに、社会の形だけを今のまま維持しようとすれば、どこかに無理が出る。
病院も学校も役所も、すべての地域に残す。
道路も水道も鉄道も、今までと同じように維持する。
企業や店舗も、できるだけ全部残す。
それを少ない人数で支えようとすれば、一人あたりの負担は増え続ける。
人手も足りなくなる。
税金や社会保険料も増える。
現場で働く人は疲弊する。
それでもサービスの質は下がっていく。
人口が減るのであれば、社会の規模も人口に合わせて整えなければならない。
これは、何でも切り捨てればいいという話ではない。
残すものを選び、必要な場所に人とお金を集めるということだ。
施設を残すより、サービスを残す
例えば、すべての地域に病院を残すことが難しいのであれば、地域の拠点に医療を集める。
その代わり、そこまで移動できる交通手段を整える。
役所の窓口をすべて残すのが難しいのであれば、手続きをオンライン化し、それが難しい人には訪問支援を用意する。
学校を統合するのであれば、通学手段や放課後の居場所まで含めて考える。
大切なのは、建物を残すことではない。
必要なサービスを受けられる状態を残すことだ。
建物を残すことが目的になると、中身が薄くなっていく。
人が足りない。
予算が足りない。
設備が古くなる。
結果として、施設はあるけれど十分なサービスは受けられない、という状態になる。
それなら、拠点を絞り、そこに人と設備を集めた方がいい。
人間がやらなくていい仕事を減らす
人口減少社会では、一人ひとりが今より頑張るだけでは限界がある。
必要なのは、人がやらなくていい仕事を減らすことだ。
役所で何度も同じ住所を書く。
病院で同じ情報を繰り返し伝える。
介護職員が記録を手作業で入力する。
建設会社がFAXで日程を調整する。
中小企業が請求書の数字を別のシステムに転記する。
こうした仕事は、目立たないけれど、人の時間を大量に使っている。
人手不足だから人を増やす、という前に、そもそもその仕事が必要なのかを見直した方がいい。
外国人を受け入れることも必要だと思う。
ただ、人を増やす前に、穴の空いたバケツを塞ぐ必要がある。
無駄な仕事を残したまま人を入れ続けても、いつかまた足りなくなる。
企業も、すべてを今の形で残せるわけではない
これは厳しい話だけれど、企業や店舗も同じだと思う。
人口が減っている地域で、似た業種の会社が何社もあり、それぞれが経理を抱え、配送を行い、採用をし、設備を持っている。
そのすべてが人手不足に悩んでいる。
それなら、共同で配送する。
経理や採用を共通化する。
設備を共有する。
廃業するときには、顧客や技術を別の会社へ引き継ぐ。
企業を無理に全部残すよりも、必要な機能を残す方が大切なのではないだろうか。
会社がなくなることと、仕事や技術がなくなることは同じではない。
形を変えて残す方法もある。
外国人労働者は、解決策ではなく時間を買う手段
外国人労働者を受け入れないという選択は、現実的ではないと思う。
すでに多くの業界が、外国人なしでは回りにくくなっている。
ただし、外国人を安い労働力として扱い、低賃金の仕事をそのまま維持するのは違う。
日本人と同等の待遇にする。
日本語教育を支援する。
社会保険へ加入してもらう。
家族や定住についてのルールを明確にする。
地域社会の一員として受け入れる。
そこまで含めて考える必要がある。
外国人労働者は、少子化を解決してくれる存在ではない。
日本社会をつくり直すまでの時間を確保してくれる存在なのだと思う。
その時間を使って何も変えなければ、受け入れる人数を増やし続けることになる。
財源がないのではなく、今の使い方を続けられない
少子化対策には財源が必要だと言われる。
確かに、お金は必要だ。
住宅支援も、教育費の軽減も、育児中の働き方を支える制度も、無料ではできない。
ただ、財源がないから何もできない、で終わってしまえば、状況は悪化するだけだ。
必要なのは、新しい負担を増やすことだけではない。
今ある支出の優先順位を変えることだ。
年齢だけで一律に負担を決めるのではなく、所得や資産に応じて負担を見直す。
効果の薄い医療や重複した手続きを減らす。
維持できない施設やインフラを整理する。
行政や企業の無駄な業務を減らす。
そこで生まれた人とお金を、若者や子育て世帯へ回す。
何かを増やすためには、何かをやめなければならない。
少子化対策も例外ではない。
今の社会を守るのではなく、次の社会をつくる
人口を増やすことは必要だと思う。
子どもを持ちたい人が、経済的な理由や仕事の都合で諦めなくていい社会にするべきだ。
ただし、それだけで今の社会を維持できるとは思わない。
人口はすぐには増えない。
だから、人口が減っても回る仕組みを同時につくらなければならない。
施設を集約する。
仕事を減らす。
企業同士で機能を共有する。
外国人労働者に適切な待遇で支えてもらう。
社会保障の負担を見直す。
子育て世帯の固定費を下げる。
どれか一つで解決する話ではない。
そして、おそらく一番難しいのは、今まであったものを手放すことだ。
学校がなくなる。
病院が統合される。
近くの店舗が減る。
会社が合併する。
手続きの方法が変わる。
誰かにとっての不便や痛みは必ず生まれる。
それでも、人口が増えていた時代の社会を、減っていく人口で支え続けることはできない。
必要なのは、人口を増やして今の社会を守ることではない。
人口が減っても暮らしていけるように、社会の方を整え直すことだ。
そのうえで、子どもを持ちたい人が諦めなくて済む環境をつくる。
人口が減ること自体が、すぐに不幸につながるわけではない。
人が減っているのに、今までと同じ仕組みを維持しようとすることが、人を苦しくさせる。
人数が少なくなっても、一人ひとりが今より無理なく暮らせる。
目指すべきなのは、そういう社会なのかもしれない。