AIがすべてを安くするはずなのに、なぜ私はAI代を払うために働いているのか

日々のこと

AIがどんどん賢くなっている。

文章を書く。
画像を作る。
コードを書く。
調べものをする。
資料を作る。
動画を作る。

少し前まで人間が何時間もかけていたことを、AIが数分で終わらせる。

そう考えると、未来はものすごく明るく見える。

仕事はもっと楽になる。
人手不足も解消する。
モノやサービスはもっと安くなる。

もしかしたら、人間は今よりずっと働かなくてよくなるのかもしれない。

……はずなんだけど。

最近、ふと逆のことを考えるようになった。

AIを使うために、さらに働く未来になったりしないだろうか。

AIなしでは仕事ができない時代が来る

今でもすでに、AIを仕事で使う人と使わない人では、生産性に差が出始めている。

文章作成、プログラミング、資料作成、アイデア出し。

AIが得意な領域はどんどん増えている。

今はまだ、

「AIを使うと便利」

くらいかもしれない。

でも、これが数年後には、

「AIを使わないと仕事にならない」

に変わる可能性がある。

昔、パソコンを使わずに仕事をするのが難しくなったように。

インターネットを使わずに商売するのが難しくなったように。

AIもそのうち、仕事をするための前提になる。

そこで気になるのが利用料金だ。

AIはどこまで高くなるのか

今のAIサービスは、個人でも使える価格帯のものが多い。

でも今後、

「できること」

によって料金が細かく分かれていく気がしている。

簡単な文章作成なら安い。

高度な調査をするなら追加料金。

長時間動くAIエージェントは上位プラン。

動画生成はさらに高い。

開発や分析に使う高性能モデルはもっと高い。

そんなふうに、

AIの能力そのものが料金表になる。

仕事で本格的に使うなら、月数万円。

さらに高度なAIを複数使えば、月10万円。

企業なら数十万円、数百万円。

そんな世界になっても不思議ではない。

ただ、ここにはもう一つ、まったく逆の未来もある。

AIは高くなるのか、それとも安くなるのか

もしかすると、ここが一番大きな分岐点なのかもしれない。

AIの価格が上がり続けるのか。

それとも、競争が進んでコモディティ化し、どんどん安くなっていくのか。

今のAIは、まだ進化の途中だ。

より賢いモデルが出るたびに注目が集まり、高性能なAIにはそれなりの料金がつく。

でも一方で、少し前なら最先端だった性能が、数年後には当たり前になっている可能性もある。

最高性能のAIは高い。

でも、

「普通の仕事ならこれで十分」

というAIは、かなり安くなる。

そんな二極化もあり得ると思う。

例えば将来、

最先端AIは月10万円。

実務向けAIは月数千円。

さらに軽量なAIは、自分のパソコンの中で動く。

そんな状態になれば、話はかなり変わってくる。

AIを使うたびに大企業へ高い利用料を払うのではなく、自分のPCや社内サーバーでAIを動かせるようになるかもしれない。

競争が激しくなれば、各社が料金を下げる可能性もある。

オープンなAIが増えれば、高性能AIを安く使えるようになるかもしれない。

つまり、

AIが一部の企業しか使えない高級品になる未来もあれば、水道やインターネットのような当たり前のインフラになる未来もある。

まだ、どちらに向かうのかはわからない。

だから、ここから先の話も、

「必ずこうなる」

という話ではない。

もしAIが高額なまま仕事の必需品になったらどうなるのか。

そんなことを考えてみた。

AI代を価格に上乗せするしかなくなる?

例えばWeb制作をしている人が、毎月10万円AIに払うようになったとする。

AIによって制作速度は上がる。

その結果、今まで80時間かかっていた仕事が40時間で終わるなら、10万円払っても十分元が取れるかもしれない。

空いた40時間でもう一件仕事を受ければ、むしろ利益は増える。

これはAIの理想的な使い方だと思う。

ただ、それ以上にAI利用料が高くなったらどうだろう。

あるいは、業界全体がAIを使うようになって、

「AIで早く作れるんだから安くできるよね」

と価格そのものが下がっていったら。

AIによって生産性は上がった。

でもAI利用料は増えた。

制作単価は下がった。

そんなことも起こり得る。

すると、

AIを使うための固定費をどこかで回収する

必要が出てくる。

制作費に含める。

保守費に含める。

別の案件を増やす。

結局、そのコストは何らかの形で仕事に乗ってくる。

そう考えると、

AIは世の中を効率化するはずなのに、

AI代を払うために、さらにAIを使って働く

という、ちょっと不思議な状態にもなり得る。

お金がない人ほどAIを使えなくなる?

さらに気になるのはここだ。

もし高性能AIが高額になった場合、

お金がある会社は最新AIを使える。

AIエージェントを何体も動かす。

調査も営業も制作も自動化する。

一方で、小さな会社や個人は安いプランしか使えない。

利用回数にも制限がある。

すると、

お金がある
↓
良いAIが使える
↓
生産性が上がる
↓
さらに儲かる

という循環ができるかもしれない。

逆に、

お金がない
↓
AIをあまり使えない
↓
生産性が上がらない
↓
さらに差が広がる

ということも起こり得る。

今までは、

「良い教育を受けられるか」

「良いパソコンを買えるか」

みたいな差だった。

これからは、

「どのAIにアクセスできるか」

が格差になるのかもしれない。

ただし、これもAIが安くなれば話は変わる。

誰でも十分な性能のAIを使えるようになれば、むしろAIは格差を縮める道具にもなり得る。

専門家に相談できなかった人がAIに聞ける。

高額なソフトを買えなかった人がAIで代替できる。

プログラミングを学んでいない人でも、小さなサービスを作れる。

AIには、今まで一部の人しか持っていなかった能力を広く配る可能性もある。

ここは、かなり明るい部分だと思う。

じゃあAIにできない仕事をすればいい?

そう考えると、

「AIにできない仕事をすればいい」

という話になる。

でも、それもいつまで通用するのだろう。

農業。

酪農。

物流。

工場。

建設。

介護。

今はまだ人間が必要な仕事でも、AIとロボットが進化すれば自動化される範囲は増えていく。

AIは頭脳。

ロボットは身体。

この2つが組み合わされば、

「パソコンの中だけの仕事」

という制限もなくなる。

もちろん、すべてが完全自動化されるとは限らない。

人間にやってほしい仕事も残るだろうし、AIによって新しい仕事が生まれる可能性もある。

だから、

「仕事が全部なくなる」

とも思っていない。

ただ、

「AIにできない仕事を探せば安心」

という考え方だけでは、少し危うい気はしている。

ここで疑問が出てくる

もしAIとロボットが、

食べ物を作り、

家を建て、

商品を作り、

物流を動かし、

ソフトウェアを作り、

接客までしてくれるようになったら。

人間は働かなくてもいい。

すごくいい未来に見える。

でも同時に、

働かなくなった人は、どこからお金をもらうんだろう。

今の社会はかなり単純だ。

人が働く。

給料をもらう。

そのお金でモノを買う。

でも未来は、

AIとロボットが働く。

企業が利益を得る。

では、人間は?

ここが一番わからない。

AIが生み出した富は誰のものになるのか

AIによって人類全体の生産力は上がると思う。

同じ人数でも、今までの何倍もの仕事ができる。

人手不足も解消できる。

モノもサービスも大量に作れる。

つまり、

社会全体はものすごく豊かになる可能性がある。

これは間違いなくAIの魅力だと思う。

ただし、

「社会が豊かになること」

と

「自分が豊かになること」

は必ずしも同じではない。

AIを持っている企業。

AIを動かすデータセンターを持っている企業。

大量のGPUを持っている企業。

電力を持っている企業。

AIサービスを提供している企業。

そこに利益が集中する可能性もある。

逆に、AIが安く広く使えるようになれば、小さな会社や個人が今まで大企業にしかできなかったことをできるようになる可能性もある。

だから結局、

AIが生み出した生産性を誰が受け取れるのか

が重要なんだと思う。

じゃあ、お金はいらなくなるのか

ここまで考えると、

最終的にはお金が必要なくなるのでは?

とも思う。

ただ、これは少し違う気がする。

AIがどれだけ進化しても、なくならないものがある。

土地。

住宅。

電力。

水。

食料。

天然資源。

人気の場所。

人間の時間。

こうしたものには限りがある。

AIが家を自動で建てられても、東京の土地が無限に増えるわけではない。

AIが農業を自動化しても、土地や水が無限になるわけではない。

つまり、

AIが労働を安くしても、希少なものは残る。

だから、お金そのものがなくなるというより、

お金を払わなくても手に入るものが増える

という未来の方が現実的なのかもしれない。

AIによって「安くなるもの」は増える

例えば、

文章作成。

翻訳。

プログラミング。

デザイン。

教育。

法律相談。

事務作業。

こうしたものは、AIによってどんどん安くなる可能性がある。

今まで数万円かかっていたことが数百円になる。

今まで専門家に頼まなければできなかったことが、自分でできるようになる。

もし生活に必要なサービスの多くが安くなれば、

「たくさん稼がないと生きていけない」

という社会そのものが変わる可能性もある。

そう考えると、

AIは人間から仕事を奪うものというより、

人間が生きるために必要だった労働を減らす技術

になる可能性もある。

そうなれば、それはかなり明るい未来だと思う。

でも、結局大事なのは「何を持っているか」

ここまで考えて、自分の仕事に戻ってくる。

自分はWeb制作を仕事にしている。

今までは、

自分の時間を売る。

作業した分だけお金をもらう。

という働き方だった。

でもAIが進化すると、

単純な作業の価値は少しずつ下がっていくと思う。

コードを書く。

文章を書く。

画像を作る。

こうしたものはAIでもできるようになる。

そうなると重要になるのは、

自分がどれだけ作業できるかではなく、何を持っているか

なのかもしれない。

顧客との関係。

地域での信用。

自分しか持っていないデータ。

ノウハウ。

ブランド。

コンテンツ。

仕組み。

顧客基盤。

こうしたものは、AIを使っても自分側に残る。

AIは借り物でもいい。

でも、

AIを使って積み上げたものまで借り物にしてはいけない。

そんな気がする。

AIを使う側であり続ける

AIそのものを作る会社にはなれないかもしれない。

巨大なデータセンターも持てない。

GPUを何千台も買うこともできない。

それでも、

AIを自分の仕事のレバレッジとして使うことはできる。

AIを使って作業時間を減らす。

その時間で顧客との関係を作る。

記事を書く。

地域との接点を増やす。

自分のデータを貯める。

仕組みを作る。

そうやって、

AI会社に毎月お金を払っても、自分の側に資産が積み上がる状態

を作っておく。

AIが高額になる未来でも役に立つ。

AIがものすごく安くなる未来でも役に立つ。

どちらに転んでも、ここは変わらない気がする。

明るい未来が見えないわけではない

最初にこのことを考え始めたときは、

AIが高くなる。

AIを使えない人は置いていかれる。

仕事までAIに奪われる。

なんだか随分と暗い未来に見えた。

でも、考えていくと必ずしもそうではない。

AIそのものがどんどん安くなり、誰でも強力な能力を使えるようになる可能性もある。

今まで一部の企業にしかできなかったことを、小さな会社や個人でもできるようになる。

働かなければ手に入らなかったものが、ほとんど無料で手に入るようになる。

人間が生きるために必要な労働そのものが減っていく。

そんな未来も十分あり得る。

結局のところ、

AIが人間を豊かにする技術になるのか。

それとも、

AIを使うために人間がさらに働く世界になるのか。

その答えは、まだ決まっていない。

そして、その分岐点の一つが、

AIが高価な能力として残るのか、それとも誰でも使える当たり前のインフラになるのか。

なのだと思う。

だから今のところ、自分にできることはシンプルだ。

AIを怖がって使わないでもなく、

AIに全部を預けるでもなく、

AIを使って、自分の側に何を残せるかを考える。

しばらくは、それくらいの距離感で付き合っていこうと思う。

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