さて、6月に入ってもうすぐ中旬。何するわけでもなく、タダタダフリーランスとして個人事業主を淡々とこなしている感じになってる。結局やっている事は業務委託なので完全に自営業っていう感じない。これを地域に根差したweb担当っていう仕事をしたいと思っている。
が。
地域にいないんだよな。根差したい地域から遠く離れている。これが由々しき問題。いや、行けばいいじゃんって話なんだけどね。優先度は下がってしまう。日々のやる事に追われている感じだ。結局時間売りなんだよな。今の自分は。
何を貢献できるのか、何を楽に出来るのか、どういう未来があるのか。これを言語化して伝えていく。そこにマッチした人と仕事をしていく。っていう事がやりたい。夢物語かね。志ばかりかね。言ってるだけかね。
確かに言わないよりはいい。言葉に発する事で現実化されることは自分も経験がある、だからここにいる。なので問題なのはその再現性をいかに早くするかだ。ここで求めるのは行動であって結果ではない。結果は自分だけじゃ決められない。でも行動だけなら自分で完結できる。
自分で完結できる事って意外と多い。そう、結果を求めなければ出来る事はかなりある。でも人は決が感じられにくい事には時間を割きたくない。自分が好きなことになら結果が出なくても割くことも可能。時間を作るためにはある程度の目標が必要になってくる。
その目標を作るには目的が必要になってくる。考え方的に本来逆かも知れないけど、こうでもしない限りいつまで経っても目標が決まらない。しかしこの考え方で出てきた目的ってブレやすいことも確か。結局自分はどうしたいのかっていう事をしっかり掘っていくしかない。この作業が地味で時間かかるんだよな。
そういう時に役にちょっと立つのがAI。壁打ちに最適。しかし話しているうちに話を合わせてきたりするので過信は禁物。結局、実在しない存在相手で統計的な平均的な一般的な話をしてくるので、それが全てそうなる世の中ならば、こんなにも争いが絶えない世界にはなっていないだろうね。
人間は自分の経験を絶対価値としやすい動物だ。人類というのは何億人もいるのに、自分は何か特別だと感じやすい。しかし実際は文明に活かされている、クマにも勝てない弱っちい動物なのだ。人は群れるだけでなく、知恵と知識を使う事で今の生活になっている。人間自体の身体能力はここ何千年経っても大して変わってないモノだ。そしてこれからも変わることは微々たるものだろう。
なんか悲観的な内容になっちまったな。いっつもそう。俺はどうしてもネガティブな事を考えやすい。心配をしたいんだろうね。心配を不安を恐怖に変えて、それを予防したり未然に防いだりして、今の普通の生活を守りたいんだろうね。特別な刺激や環境も本当は苦手。でも「リスクを取らない事がリスク」みたいな自己啓発的な本ばっかり読んでで。その影響で今俺はここにいる。
正直、今の場所がいいかなんて確認しようがない。昔の場所にいてもそれはそれて良いかも知れないし、あくまで創造の範疇にある。結局人は選択したことを結果的に肯定する癖があるから、何やっても失敗しても成功しても、結果的に「良かった」となりやすい。らしい。どっかに書いてあったかもしれないし、これは実体験でもある。
今日はタダタダ文章を、自分の気分に任せて分を作ってるだけ。こうやって他愛もない事を書き連ねるだけでもそれはそれで楽しいし、気分転換にもなる。承認欲求解消にもなるだろうよ。結果自分の為なんだよな。
でももしかしたら、この記事を読んて、日記みたいな雑記だけど、これで何かを感じ取ったり共感してくれたりする人がいると思うからこそ、こういった文章を残そうって思ったりするんだよな。
結局、人に認められたいんだよなぁっと。
自分の為が人の為にもなる。そういう仕事をする。それだけだ、簡単なんだよ。実際。
難しくしているのは自分。それだけ。
