美輪明宏さんが、亡くなった。91歳。老衰。多くのニュース番組がその死を、その人生を振り返っていた。ヨイトマケの唄も久しぶりに聞いて気が引き締まる感じがした。
テレビでの認知もあったが、僕自身で思い出だとジブリ映画「もののけ姫」のモロや「ハウルの動く城」の荒れ地の魔女。美輪明宏の独特の口調、すこし聞き取りにくいところが、キャラクターの深みを伝えていた気がする。
人は死ぬ。当たり前だけど俺も死ぬ。会った事もない人だけど、それでも一方的には認知しているから、そういう人の死は少しだけ気分が沈む。
認知している人の死でこれなのだから、親族の死、兄弟の死、そして両親の死がこれからあると考えると、今何をする、何をしないの輪郭が少しだけハッキリする。少しだけな。
でも、このハッキリした部分も数日経てば元通りになる。感情の揺れから、認知の揺れ、判断基準の揺れまでは起こせるが、そこから行動の揺れにまでは到達しにくい。つまり行動までいかない。
そうして、そうして、いつの間にか死んでいく俺たち。大事なものは目に見えなくて、大切にすることを疎かにしてしまう。日々の生活に追われて、失った時に再認知し、後悔する。
どうしたらそうならないで済むんだ?ある程度の数をこなせばそれで満足になるんか?
後悔すればするほど、湯水のように沸き起こってきてしまう気がする。